宮崎県の中央動物保護管理所で起こった実話をもとに、犬の親子と管理所職員の絆を描いたヒューマン・ドラマ。今回主人公の保健所職員・神崎彰司を演じた堺雅人と、山田洋次作品で助監督や脚本を担当してきた平松恵美子監督がキャンペーンで来名。本作の見どころ・撮影エピソードを語ってくれた。
可愛いだけの動物映画にはしたくないと思いました(監督)
▷▷故郷の宮崎県が舞台ということで、堺さんは特別な想いがあったとか?
堺雅人(以下:堺)「僕は18歳で東京に出てきてから、訛りを抜くことばかり考えてきました。ただここ数年、宮崎訛りで演じてみたいと思っていたので、この作品に出られたことは本当に嬉しかったです。しかも一流の共演者の方々が、自分の生まれ育った言葉を喋ってくれることが嬉しくて。家宝のような作品になりました」
▷▷宮崎弁の練習は?
堺「そうですね。宮崎の友達にセリフをみてもらったり、方言指導の方と相談したりしました。でも日本語が喋れるから日本語の芝居ができるかというとそうでもないように、宮崎弁を喋れたら宮崎弁で芝居ができるかっていうとそうでもないんだって。いろはの“い”を改めて知りました(笑)」
平松恵美子監督(以下:監督)「ネイティブの方がそんなこと言っちゃったら、共演者の方はどうなるの(笑)」
堺「本当にとらえどころのない言葉ですからね。中谷(美紀)さんは方言指導の方とマンツーマンでレッスンされたり、自主トレをされたり、小林稔侍さんはホテルのフロントの方を捕まえて、個人的にレクチャーを何時間も受けていたり。みなさん大変なご苦労をなさっていて、申し訳ない気持ちでいっぱいです(笑)」
▷▷犬をめぐる映画ということで、撮り方に工夫したところは?
監督「犬の一生を犬目線で、逃げないで描きたいと思って。そして犬と人間の目線が段々と一緒になっていくようにバランスを心がけました。もう1つ心がけたのは、可愛いだけの動物映画にはしないということ。人間と同じで、犬にも可愛い面だけじゃなく可愛くない面だってあるはず。誰の立場から生き物の命を見るかによって、愛おしかったり、時には憎かったりする。犬の一生を追いかけることで両面が表現できて、その犬が母犬となって檻の中にいるということが上手く描けるように苦心しました」
▷▷堺さんはこの物語をどう思われました?
堺「監督が動物可愛いだけの映画にしたくないって仰っていた言葉そのままですけど、初めて台本を読んでビックリしたのは、殺処分を含めたキレイごとじゃない部分が盛り込まれていたところ。けれども、光と影を両方描きながら希望を失わないところが、この映画のすごく面白いところだと思うんです。それに殺処分の問題や保健所の動物をペットとして引き取ることなど、まだまだたくさんの方が知らない事実があると思います。そこで何をするかはもちろんですけど、まず知ることが大事。1人でも多くの方に知っていただいて、結果的にひとつでも多くの命が救えたら嬉しいなと思います」
▷▷確かに、殺処分のシーンがきちんと描かれていることに驚きました。
監督「殺処分のシーンは、物語の始めの方で一度はきちんと見せなくちゃいけないと思っていました。ただ、リアルにはしたいけれども、興味本位であったり、妙に禍々(まがまが)しいものやグロテスクな表現はしたくない。そこは観客の喚起力、想像力に委ねたいとスタッフに話をして。あのシーンを描くことは、もちろん事実を提示することもありますが、愛すべき可愛い娘と息子、2匹の犬と暮らす神崎彰司(堺)が、実はそんな深いものを背負っているんだということ、と同時に、母犬が行く運命になるかもしれないということも含めて、どうしても必要だったんです」
イチは素晴らしい女優さん。中谷さんと同じぐらい尊敬してます!(堺)

▷▷犬のイチへの演技指導は?
監督「宮さんというベテランのドッグトレーナーの方にお願いしました。私はそのシーンでのイチの理想の動きを説明する。例えば“向こうからターッと走ってきて、ここでピタッと止まって振り返って、ちょっと考えてまた去っていく”みたいに。それに対して宮さんに“そんなのどうやったらできるんですか?”なんて返されたりしながら(笑)。イチは非常に賢い犬ですぐに覚えちゃうから何回も同じ手は使えないんです。だからとにかくやってみて、上手くいかなかった場合はほかの方法を考えて、トライアンドエラーでやっていきました。それは堺さんとの芝居も同じで、理想はこうですけど“できますか?”ということでやっていきました」
▷▷ドッグトレーナーの方を見る犬の視点が気になる映画もありますが、この映画はまったく気になりませんでした。
監督「それは犬が見る対象となる堺さんのお芝居がしっかりしていたからでしょうね。堺さんの想いがきちんと犬に反映しているというか。そこが呼応していないと気になるんだと思います」
▷▷堺さんは犬との距離感をどう保って?
堺「あまりベタベタしなかったっていうぐらいですかね。ドッグトレーナーの方に全部任せて。指示系統が幾つかになると犬が混乱するので、あまり仲良くなりすぎないようにとは心がけました」
▷▷犬が敵意を見せるシーンなんかは、逆に難しいのでは?
堺「大人しい犬だから怒らせたり唸らせたりする方が大変でした。でも犬に負担になるようなやり方はしなかったですね。犬の体調を見ながら。ね?」
監督「(役者の方には)本当に申し訳ないんだけど、犬が最優先でしたね」
▷▷イチと共演した感想は?
堺「イチは素晴らしい女優さん。中谷美紀さんと同じぐらい尊敬してます。特に心が通い合うシーンでは、彼女とがっつりお芝居ができた気がして。非常にやりがいがありました」
監督「あのシーンは特に時間がかかったし、イチと堺さんの心がちゃんと通じ合えたという表現になりえるのか、手探りしながら撮ったんです。撮っている瞬間は不安の方が大きくて、上手くいったかどうかわからなくて。でも繋げた時にすごく上手くいったと思いました。それは結局、堺さんのお芝居。そこにイチの豊かな表情が差し挟まれていく。いくら表情が豊かであってもイチは喋ってはくれませんし、涙をこぼしてくれませんから、みなさんが感動されたとしたら、それは堺さんのお芝居にだと思います」
▷▷イチの人生の回想部分も心に響きました。撮影は大変でしたか?
監督「保健所の職員に追いかけられて、中学校を右往左往するシーンは結構大変でした。宮崎県の田野中学校の協力を得て丸一日かけて撮影したんですが、文化祭の飾り物も作って、みなさんに色々とご迷惑もかけたのに、ほんの数カットしか使わなくて(笑)」
目の前にある命とちゃんと向き合うことが大事だと思っています(堺)
▷▷映画を観て、犬と人との関係を考えさせられました。堺さんは意識の変化はありましたか?
堺「難しいんだけど…人と動物は同じところもあるけど違うところもある。言葉にすると、なんてこっちゃあないことなんですけど(笑)。つまり同じ命だし、大事なパートナーだし、わかりあえる可能性はあるけれども、わかり合えないと思っているぐらいがちょうどいい。だからこそ、わかり合えた時に奇跡だと思えると。それは今回の映画で学んだことかも知れないし、ずっと思っていたことかも知れないんですけど。犬は犬だよっていう(笑)。でもときどきわかるよ、だから嬉しい。そんな風に思っています」
▷▷主人公の神崎は犬の生死を背負っていましたが、おふたりがこの映画を撮る際に背負っていたものは?
監督「2000年に私が育った大船撮影所が閉鎖になりまして、そこにいたスタッフがいなくなり、残った何人かは山田(洋次)監督と一緒に映画を作ったりしているんです。でも大船撮影所がなくなった後、山田監督も『たそがれ清兵衛』『隠し剣鬼の爪』は京都の撮影所に3ヶ月ぐらい泊まり込んで作り、『武士の一分』から後は東宝の撮影所を借りて映画作りをしている。そのような状況の中で、このままいくと大船撮影所の映画の作り方、精神みたいなものを知っている人が映画界からいなくなってしまうと。私はそれをかろうじて知っていますから、それが積極的に映画を作ろうと努力をし始めたきっかけです。そして今回やっとこういうカタチでひとつ結実しました。常に考えている訳じゃないんですけども、今、お話ししたようなことを背負っていると思います」
▷▷みなさんの期待を背負っている?
監督「期待かどうかはわからないですけど(笑)。私が勝手に背負っているだけですけどね」
堺「今のお話を聞きながら考えたんですけど、思いつかないってことは何も背負ってないんでしょうね(笑)。この映画によって株価が上がるわけでも、社会的な影響もないでしょうし。ただ自分に任されたひとつの役の人生を一生懸命考える作業は、例えば戦争とか、テロとか、イジメのような行為からすごく縁遠い気がするんですよ。劇中にも“その人が生きてきた、動物が生きてきた歴史や物語を考えることができれば、心はきっと通じ合える”という言葉が語られますけど、自分が演じる役の歴史や物語を理解することができれば、その人物と心が通い合う。それは人を殺したり、憎しみ合ったりすることと対極にある行動ですから。何を背負っているかはわからないけど、とりあえず目の前にある命とちゃんと向き合うことが大事で、それはイチバン楽しい作業だと僕は思っています」
TEXT=尾鍋栄里子

★『ひまわりと子犬の7日間』3/16(土)→ミッドランドスクエアシネマほか

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