日本最古の物語といわれる「竹取物語」を題材に、高畑勲監督が『ホーホケキョとなりの山田くん』(1999)以来、約14年ぶりに手がけた監督作。「罪を犯したために、この地に下ろされた」とされてるかぐや姫の犯した罪、そして、罰とは何かを描き出す。主人公のかぐや姫役の声優は、映画『神様のカルテ』やNHK連続テレビ小説「てっぱん」などに出演した新進女優の朝倉あき。2012年6月に他界した俳優の地井武男が、作画完成前に声を収録するプレスコ方式で生前に収録を済ませており、かぐや姫を見つけ育てる翁役として声優出演を果たした。
今回、公開前のキャンペーンで、朝倉あき(主人公声)、二階堂和美(主題歌)、西村義明プロデューサー、鈴木敏雄プロデューサーの4人が来名!それぞれが製作秘話を語ってくれた。
人間が生きていくとはどういうことかを真正面から描いた作品(鈴木P)
朝倉あき(以下:朝倉)「今回はドアラの色を意識して衣装を決めました(笑)。私はドアラが大好きで、関東ですが中学校の頃から名古屋発祥だと知らずにコメダ珈琲によく通っていまして、名古屋には不思議な縁を感じています。今、ラグーナ蒲郡のジブリ立体造形物展でサポーターをやらせていただいていて、名古屋には何度も足を運んでいますが、『かぐや姫の物語』のキャンペーンで来られてワクワクしております。なんだか名古屋のことばっかりですね(笑)。よろしくお願いします」
二階堂和美(以下:二階堂)「主題歌の“いのちの記憶”を作らせていただきました二階堂和美です。私のような無名なミュージシャンを高畑監督が知っていてくださったのが驚きですし、アンテナの張り方を尊敬しました。おこがましいんですが、お話をさせていただいて共有できるものがたくさん感じられたので、お任せくださいと自信を持ってお受けしました。監督とみなさんに大事な一曲を作らせていただけた感謝の気持ちでいっぱいです」
西村義明プロデューサー(以下:西村P)「ジブリの西村と申します。『かぐや姫の物語』を現場で作っていました。今日は高畑さんの代わりに来ました。ちなみに僕の奥さんは名古屋出身です(笑)。2月に名古屋に来た折には、公開延期という大変なご報告をしながら行脚しましたが、ようやく映画が完成して、ここに来られたことを嬉しく思っています」
鈴木敏夫プロデューサー(以下:鈴木P)「ふるさとへ帰ってきました。僕はジブリに最初から関わって30年目。『天空の城ラピュタ』から約20本ほど色々な作品を作ってきましたが、これだけ手応えのある作品は初めてだと自負してます。『かぐや姫』というといわゆる日本昔話かと思われるかもしれませんが、スタジオジブリが8年という期間と50億円の製作費をかけて、人間が生きること、生きていくとはどういうことかを真正面から描いた作品です。よろしくお願いします」
高畑さんがずっとやりたかった表現を実現した到達点(西村P)
▷▷高畑監督14年ぶりの新作ですが、らしさが出ているところは?
鈴木P「高畑さんの最大の特徴はいつ作品が出来るかわからないところ(笑)。最初は少数精鋭で作りたいとやり始めましたが、なかなかラッシュが上がってこない。心配になって、西村にどのぐらいかかるのかを聞いたら20年って言われて(笑)。高畑さんは20年でも平気で作る人だからね?」
西村P「そうです(笑)」
鈴木P「現場の話は西村に聞いてもらうとして、僕がこの作品を観てまず思ったのは、これは女性映画であると。高畑さんのフィルモグラフィーを考えてみると、常に女性の生き方を中心に作ってきた。デビュー作『太陽の王子 ホルスの大冒険』には、ヒルダという非常に印象的なヒロインがいる。そしてみなさんよくご存知の『アルプスの少女ハイジ』、『赤毛のアン』、『火垂るの墓』だって実は清太の語る節子の話。4歳の女の子の魅力ってなんだろうというところから始めた作品ですし、『おもひでぽろぽろ』もあります。それから今回の『かぐや姫の物語』。元気だと言われながらそうじゃなくなってきている今の女性たちに、もう一回、元気に生きたらいいんじゃないかって、高畑さんのメッセージが込められていると思います」
▷▷西村さんはいかがですか?
西村P「高畑さんご自身がこの作品について“こんなもの作ったことがない”と言っていて、完成画面を最初からイメージできていた訳ではないんです。高畑さんは色んな人の意見を聞く方なので、今回、長く時間がかかったのは、絵描きの田辺修と美術監督の男鹿和雄と一緒に、ほぼ3人で試行錯誤を繰り返してひとつの画面に近付いていく作業をしていたため。僕は20年どころか、30年でもかかるかもしれない、人生を懸けるつもりでやらなきゃいかんと本当に思っていました。だからこんなに短い時間でできたのは奇跡だと思ってます(笑)。高畑さんも本当にいいものができたと喜んでいます」
▷▷現場は大変だった?
西村「毎日が大混乱でしたよ(笑)。普通は1シーンや1シークエンスであるルールが決まりますが、ルールがない中で1カット1シーンごとに、この姫の感情にふさわしい表情と表現は何か、各セクションの部門長が集まって知恵を絞って作っていく作業を日々やっていましたから。1つひとつ丁寧にと言ったらキレイですけど1回1回大混乱。みんなが頭に血を上らせることもありました」
▷▷資料の中で高畑さんが書かれているように、“到達点”に達したと?
西村P「高畑さんはかぐや姫ではなく、この表現をずっとやりたかったんです。アニメーションを多くの人数で量産していく場合、こういう線ではできない。でも高畑さんはザザッていうアニメーターが描いた勢いのある線や、悲しい時には悲しそうな線、怒った時には怒っている線、そういったものが画面に出てくる表現をやりたかったんです。これがアニメーションを一歩でも二歩でも進めるということをずっと前から思っていた。それが今こうして実現できたという意味で、到達点だと仰っているんです」
▷▷確かにあの絵のタッチは斬新でした。達人にしか描けない、達筆なアニメーションですね。
鈴木P「それは喜びますね」
▷▷このタッチに名前はあるんでしょうか?
西村P「ありません。達筆アニメでいいんじゃないでしょうか(笑)」

▲左から、西村義明プロデューサー、二階堂和美、朝倉あき、鈴木敏夫プロデューサー
かぐや姫は手の届かない美女ではなく、素直な普通の女の子(朝倉)
▷▷朝倉さんは、この新しいかぐや姫像をどう作っていったんですか?
朝倉「オーディションで台本を少し抜粋したものをいただいた時は、自分が考えていたかぐや姫が喋らないようなセリフばかりで想像ができませんでした。でも全体がわかる台本を読んで、何を考えているかわからない、手の届かない美女ではなく、本当に素直な普通の女の子だという印象を受けて。人間の一番純粋な部分を持っている女の子をイメージして、のびのびした声で演じるようにしました」
▷▷監督から伝えられたイメージは?
朝倉「イメージについて話したことはありませんでした。台本がとにかく凄かったので、そこから受け取るものが約8、9割。後は私の理解が足りてない部分を教えてもらう程度でした」
鈴木P「高畑さんは彼女を選ぶまでに100名を超える人に会って声を聞いたんですが、“いつから日本の女優さんは芝居が受け身になっちゃったんだ。自分の強い意志を持っていない”と言っていたんです。彼女は根が受け身じゃないし、強い意志を持っていそうだった。高畑さんはそれが欲しかった。だから声を聞いた時点でオーケーだったんです。それは二階堂さんも同じ。高畑さんはいわゆる癒し系の歌は嫌い。癒し系の人は五万といるけれど、ちゃんと慰みを歌ってくれる人はいないって。その高畑さんが新聞で二階堂さんの記事を見つけて、自分でCDを買って聴いて頼んだ。だからお2人ともちょっと違うんですよね(笑)」
▷▷曲作りに関して、高畑監督からのリクエストは?
二階堂「『かぐや姫の物語』は決してハッピーエンドではないので、観終わった方々がフラストレーションを溜めるだろうと(笑)。それを慰めるような歌をお願いしますとオーダーをいただいて。曲調などは全て任せていただきました」
▷▷どうイメージを膨らませたんですか?
二階堂「お話をいただいたのが去年の11月で、主に最初の方の映像を5分ぐらい観せていただいてお話をしました。その後に台本をいただいて、映像の続きを想像して作らせてもらいました」
線の掠れ具合や空気の含み方が音楽的で、躍動感を感じました(二階堂)
▷▷完成した映画を観ていかがでした?
西村P「この8年、自分が高畑さんの作品を一番観たい人間だと思ってやってきたんですが、完成に至るまでに全部観てしまっていたので。感動や喜びではなく“あっ、できた”とだけ思いました(笑)」
二階堂「台本を読んで“いのちの記憶”を作った後、アルバムを制作するために絵コンテを拝見したんですが、その時にはちょっと違和感のあったセリフや運びが、声優さんたちのお芝居と相まった作品になると、まったく違和感がなくなってすんなり物語の中に入って行けたんです。一観客として物語に入り込み、自分の歌でさえも客観的に受け取ることができて。自画自賛みたいでヘンですけど、自分の歌が流れているエンディングでボロボロ泣いたりして(笑)。(自分の歌も含めて)全体が作品になったんだと思えてすごく嬉しかったです。絵のタッチについても線の掠れ具合や太い、弱い、空気の含み方がすごく音楽的で、躍動感を感じました」
朝倉「ビッチリではありませんが、2年間この仕事に携わらせてもらい、かぐや姫のことが頭から離れた日は1日もなかったんです。いつもかぐや姫のことばかり考えていたので、完成した映画を観た時は寂しくて、最後の音楽が流れた瞬間に想いがあふれてきました。アニメーターの方たちのこの作品に懸ける想いや努力、長い月日のことを考えてしまって、作品として客観的には観られなかったんですが、絵の美しさ、他の声優さんの声の素晴らしさに感動して涙が止まらなかったです」
鈴木P「僕は高畑さんと出会って35年ですから。本人がどう考えているかはともかく、長編はこれが最後になると思って、完成した作品を観た時は自分の中に色々な想いが甦りました。『となりの山田くん』から14年が経ちましたが、その間、何もしていなかった訳じゃない。色々な企画の話をしてきましたし、『かぐや姫』を始めてからは8年。西村なんか結婚して子供が2人生まれ、髪が白くなったり、痩せ細ったり、熱が数ヶ月下がらない時もあったんですよ。でも作品はそのぐらい身を削って作るものだというのが高畑さんだから。中途半端には付き合えない。今回も随分経ってから“まだかぐや姫がわからない。いつもならわかるのにピンとこない”って言い出したり、何回も制作中断の危機があった。でもそういうことを繰り返す中でこちらも覚悟ができてくる。いい機会だから言いますけど、宮崎駿っていう人は本当にいい人なんですよ!(一同爆笑)ある期間内であるお金できちんと作ってくれる。僕は先輩として西村に “高畑さんのために色々やっても感謝してると思うな”っていつも話していました。高畑さんの言葉で“野心を持った人はその野心によって潰えさる”というのがある。映画なんて作ってみなくちゃわからない。途中で中断したり、辞めることもある。でもみんな野心があってやってるんだから、ダメになった時の覚悟もあるはずだって考えているんです。東京での記者会見では“僕はいつもスタッフに感謝はない”って言い出して(笑)。でも“今回はちょっと違っていた”と殊勝なことも言ってましたけど。まあ高畑さんは色々な傑作を作ってきましたが、この『かぐや姫の物語』はあえて最高傑作だと言いたいです」
▷▷宮崎駿監督はご覧になりました?
鈴木P「観ましたよ」
▷▷何か感想は仰ってましたか?
鈴木P「そんな簡単には言いませんよ(笑)」
▷▷個人的には『日本版ハイジ』だなと思いました。
鈴木P「僕が高畑さんにそう言ったら認めてました。ただあの人は気分によって違うことを言うから(笑)。ある時は“その通りです!”って言うけど、気分が悪いと“違いますよそんなもの!”って言う。でもハイジですよね(笑)」
自分がちゃんとしろよ!って言われているような気がしました(朝倉)
▷▷キャッチコピーの「姫の犯した罪と罰」に込めた想いは?
鈴木P「これは宣伝用のコピーなんですが、実は高畑さんは怒ってるんです(笑)。センセーショナルに煽ってお客さんを呼ぼうなんて品がないって。ただ高畑さんが書いた企画書にもあるように、原作にも罪と罰のことは書かれているんです。映画の中でも説明しているんですよ」
朝倉「かぐや姫の何が罪で何が罰であるか高畑さんから説明していただいたんですが、私自身、別の罪と罰があると感じました。彼女は自由奔放にしていますが、それを(自分の気持ち)押し通したり、周りの人に解ってもらおうとせずに押し込めて閉じてしまう。それが彼女の罪だって受け取りました。そして彼女はまだこの先、償える瞬間があると考えたのかもしれないけど、償える瞬間はやってこない。それが罰だなって。すごく切ないと思いました。なんだか自分がちゃんとしろよ!って言われているような気がして」
二階堂「私もわからないままですけど、罪には含みがいっぱいあっていいと思うんです。地球に来て限りのある命というものを姫が意識することがこの作品の1つの大きなテーマなのかなと。その限りがあるということがひとつの罰なのかなって私は感じています」
TEXT=尾鍋栄里子
★『かぐや姫の物語』11/23(土)→ミッドランドスクエアシネマほか

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