役を通して笑顔をなくした時の厳しさ、辛さを味わった気がします(阿部)
▷▷実在の人物を演じるにあたって気を付けたことは?
阿部サダヲ(以下:阿部)「今の木村さんは僕が演じた時と同じではなく、成功していらっしゃいますから、口調や風貌を近付けるのではなくて、なるべく遠ざけるカタチで。笑顔をなくすとか、喋らなくするとか、そういう方向に持っていきました。無農薬リンゴを成功させてからの映像はあるけど、苦労されていた頃の映像はないし、写真もない。だからある程度は自由に、でも慎重にやらないと映画がぶち壊しになってしまうので、そこは気をつけました」
▷▷ドキュメンタリーではなく映画という意識で?
阿部「そうですね。木村さんは無農薬のリンゴ作りを成功させた人としては知られているけど、これだけの苦労をされ、周りにもすごい人たちがいたことはあまり知られていない気がして。それは映画として伝えるべきですし、石川(拓治)さんという男性の目線で書かれた原作と違って、映画は奥さん目線になっているので、またちょっと違うカタチで見られると思います」
▷▷いつもの陽気なイメージとは違う演技は大変でしたか?
阿部「自分でも笑っていることが自然な状態だと思っていますし、人に見られる仕事をしているので、まったく笑わなかったり、人と会話をしなかったり、人に見られないようにするのは辛かったんだと、後から思いました。撮影している時は頑張って辛くないように振る舞っているつもりだったんですけどね。最近、取材なんかで菅野さんとご一緒するようになって“辛かったでしょう?”って言われましたし(笑)。劇中には“笑うことは人間だけが持っている性能だ”ってセリフが出てきますが、その笑顔をなくした時の厳しさ、辛さを味わった気がします」
菅野「笑うってストレス解消にもなるから、それをなくしての役作りは大変だったと思いますよ」
▷▷菅野さんはどう役作りを?
菅野「奥様は本当に内気な方で、あまりメディアにも出ていないし、インタビューにも応えていらっしゃらないんです。原作でも1行、2行、奥様の様子が書かれてはいますけど、こういう旦那さんの隣にいるのはどんな女性なのかなって、想像で作っていくしかなくて。私は両親が岩手県出身なので、奥様は東北の女性らしい感じの方だなあって印象があって、なんとなく伯母や従姉妹の顔が浮かんだので、あれこれ想像しながら役作りしました。実際にお会いした時にいろいろ伺いたい気持ちもあったんですが、あれこれ尋ねるのは失礼な気がして。その時の印象を胸に一生懸命に演じるように心がけました」
▷▷実際の美栄子さんはどんな印象でした?
菅野「とても東北の女性らしい方だと思います。雪深い土地の人の忍耐強さ、待てる強さっていうんですかね。時間しか解決できないことがあることを経験から知っている。人生って全部が全部上手くいくことってあまりなくて、予定外のことにビックリしながら時間を過ごしていくことだと思うんです。そういう意味では、奥様も辛くて苦しくて先の見えない状況になるなんて想像してなかったでしょうけど、それでも旦那さんを信じて、旦那さんのやりたいようにやらせてあげようっていう気持ちが絶対に揺らがなかったのは、すごいと思います。それこそ雪の中でも来年に備えているリンゴの木のような気がして。旦那さんも他の人と違うものを持っている特別な人だと思うし、そんな旦那さんを心から信じられる奥様もやっぱり特別な方だったと思います」
▷▷お互いに共演した感想は?
阿部「すごく助けられましたし、最近“次は菅野さんとどんな作品をやりたいですか?”ってよく聞かれるので、もう次のことを考えはじめました」(一同爆笑)
菅野「アハハハ。ありがとうございます! 撮影をしていた時は楽しく演技するというより、修行のように現場に来る方だなって思っていたんです。今回はきっと楽しくなかったと思いますので(笑)。でも今こうして取材でご一緒させていただいていて、演技に対する姿勢だけじゃなく、取材への向き合い方もエラいなって。バラエティなんかで、台本があるようでない中でもサービス精神を発揮していて。そういう意味でも尊敬できる俳優さん。なかなかこういう方はいないし、同世代として頼もしいです」
阿部「嬉しいですね(照)」
菅野「一緒にいてラクなんです。阿部さんが喋ってる間、休んでいられるから(笑)。こういう俳優さんはなかなかいないので」

“何か1つのものに狂えば答えは見つかる”という言葉にハッとしました(菅野)
▷▷木村さんは家族に支えられていたと思いますが、おふたりが挫けそうになった時に支えになっているものはありますか?
阿部「うーん……」
菅野「お酒?(笑)」
阿部「お買いもの?(笑)」
菅野「なんか逆ですね。女性と男性が(笑)」(一同爆笑)
阿部「ドライブとかはあるかな。首都高を走って霞ヶ関辺りを抜けて東京タワーがボンと出てくるとイヤなことも忘れられますよね。なんだか東京の話しですいません(笑)。今日はお昼にひつまぶしを食べたんですけども、そういう美味しいものを食べるだけでもリフレッシュできますしね」
菅野「木村さんもそんな風にリンゴのこと以外のことを考えられたら違っていたのかもしれないですよね。辛くても余計にリンゴに向き合おうとなさった方だから。違うことをやってみると逆に思い付きがあったり、視野が狭かった自分に気付いたりするので、お買いものとかドライブとかお酒とか(笑)、一回、その場から離れられるかどうかって大事じゃないですか? でも木村さんはあえてそういうことをせず、辛さや苦しみを全部飲み込んだ11年間だったと思うから、本当に想像できないですね」
阿部「木村さんは天才でなんでもぶっ壊して組み立て直したりできた人だから、きっと初めて躓いたのがリンゴ作りだったんでしょうね。それでリンゴ作りに没頭して。その突き詰め方は凄まじいと思います」
▷▷劇中には木村さんの珠玉のような言葉も出てきますが、印象に残ったのは?
阿部「さっきも言った“笑うってことは人間だけが持っている性能”というのも好きですけど、仲間に殴られてリンゴ作りを止めろと言われた時に“俺が諦めるってことは人類が諦めることだ”って言う。これはセリフを言いながらすげぇこと言うな、強いなと思いました」
菅野「私は“何か1つのものに狂えば答えは見つかる”という言葉です。狂うっていうのは、頑張って頑張って最後の執念を絞り出すってことなのかなと思って。今はみんなが自分が損しないために何でも穏便にとか、空気を読むということを身に付けているけれど、そういうのを飛び越えてこれだ!っていうものにかじりつけば、絶対に得られるものがある。それはみんな知っていることだけど、映画で木村さんのセリフとして聞くと、改めて最近の自分は摩擦なく過ごすことの方に寄ってしまっていたなって、ハッとさせられました」
▷▷中村(義洋)監督の演出はいかがでしたか?
阿部「現場の空気作りがすごく上手いんです。『ゴールデンスランバー』とか『アヒルと鴨のコインロッカー』とか『映画 怪物くん』とか、監督の今までの作品を観ていたので、どういう風に撮るのかなと思っていたんですけど、今回はすごくオーソドックスに撮っていて、演出の仕方も的確。“絶対にこうしてください!”というのではなくて、近付いてきて“こういうやり方もありませんかぁ?”みたいな。コソコソと言う感じで(笑)」
菅野「監督って阿部さんと同い年なんですよね? その若さでこういう作品を、王道なやり方でできるってすごいなあって思いました」
▷▷完成した映画は、子供からお年寄りにまで安心しておススメできる感動ドラマになってますよね。
阿部「ありがとうございます! 僕が出ている舞台とかは規制がかかることが多いので(笑)。主演としても嬉しいです」
▷▷監督が大事にしていたキーワードみたいなものは?
阿部「山﨑努さんの初日が結婚式のシーンで、撮影にすごく時間がかかったんです。それで朝方に撮影が終わってから、監督が山ヵさんに近付いてきて、“いい絵が撮れましたよ”って笑顔をしたそうで。山ヵさんはそこで“押しちゃってすいません”とか言ったら、絶対に怒鳴ってやろうと思っていたらしいんですけど(笑)。コイツいい監督だなと思って文句を言わなかったんですって。今回、監督は“まったく笑わない阿部サダヲが見たい”って仰ってくださっていたんですけど、その話を聞いて、監督自身も笑顔がキーになってたのかなって思いました」
★『奇跡のリンゴ』6/8(土)ピカデリーほか
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