是枝裕和監督が福山雅治を主演に迎え、“父性”をテーマに感動の家族ドラマを創り上げた。6歳になる息子が出生時に病院で取り違えられた別の子どもだったことを知らされた父親が抱く苦悩や葛藤を描く。2013年・第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、見事に審査員を受賞した話題作だ。
キャンペーンで来名した是枝監督に、企画から撮影までを振り返ってもらった。
親子をつなぐのは「血」か「時間」か、自分にとって切実なテーマ
▷▷この映画を作られたいきさつは?
福山(雅治)さんと一緒に何かやりましょうということになり、いくつか企画を書いたんです。その中には心臓外科医の話や時代劇もありましたが、どうせならやったことのない役がいいなと思って。色々考えてこの物語がいちばんシンプルで、自分の気持ちも込められると思ったんです。
▷▷子供の取り違えに興味を持ったのは?
前作の『奇跡』の撮影でひと月半ぐらい家を空けて、久しぶりに家に帰ったら当時3歳だった娘も僕もお互いに緊張しちゃって。翌日、仕事に行く時には玄関先で「また来てね」って言われたんです(笑)。僕は母親ほど日常を共にしていないし、このままだと彼女にとっていなくてもいい人になっちゃう、これはマズいなと。子供が生まれた瞬間、嫁さんは違う生き物に変わったなと思ったけど、自分は意外と変わらなくて、あれ?どうしたらいいんだろうという戸惑いを感じたこともありましたし、親子をつなぐのは「血」か「時間」か自分にとって身近で切実なテーマでした。それで父親と子供が時間を共有できなかった状況を考える中で、参考文献にも挙げた「ねじれた絆—赤ちゃん取り違え事件の十七年」(奥野修司/文春文庫)というノンフィクションを読んでいたこともあって、取り違えというモチーフが頭に浮かんだんです。
▷▷取材はされたんですか?
実際に経験された方に会ってはいませんが、当時の文献や裁判の資料は見ました。(子供を)交換していく流れはそれを参考にしてます。
▷▷設定は昭和40年代の取り違えとは違いますね。
父親って何だろう、家族って何だろうと考えるにはいいモチーフでしたが、病院の事故というのは今はリアリティがない。起きる必然性は別のカタチで出した方がいいんじゃないかなと。事件はあくまで入り口で、描きたいのはその先にある父性でしたから。
▷▷父と息子の関係は今までにも何度か描かれていますよね?
今回は僕と亡くなった父親の関係を、夏八木(勲)さん(演じる野々宮良輔)と福山さん(演じる野々宮良多)に重ねています。僕も父親と凧揚げをしたことがなかったんですよ。父は子煩悩な人ではなかったので、あまり一緒に遊んだことがなかった。子育てって良くも悪くも自分がされたことが参考になる気がするんです。僕の父親もその父親と疎遠でしたから。でもそのせいにしちゃいけないっていう気持ちをリリー・フランキーさん(演じる斎木雄大)のセリフに込めました。
▷▷この映画を撮ることで気持ちに変化は?
とにかく子供と一緒にいる時間を作ろうと思ったことは、これを撮ったことも大きいですね。撮りながら主人公に自分を重ねて、こういう状況になったら何が気になるだろう、どういう選択をすればいいだろう、子供が向こうに引き取られた後に部屋の中で何に反応してその子のことを思い出すだろうと、ずっと福山さん目線で考えていましたから。
福山さんのクールなカッコよさを活かしたリアルなキャラクター
▷▷主人公・良多のキャラクターが福山さんだからこうなったという部分は?
福山さんはあんなにイヤな人じゃないですよ(笑)。むしろ僕のイヤなところが出ていると言った方が語弊がない気がする(笑)。
▷▷ご自身にイヤなヤツの部分があるんですか(笑)
ありますよ。見えないところで悪口言ったり(笑)。リリーさんの家に行く時に、車の中で福山さんが「おいおいおいおい」って言うところとか大好き(笑)。僕もそうだし、面と向かって悪口を言わないのがリアルですよね。
▷▷ではキャラクターはどう作っていったんですか?
今回は福山さんのカッコよさを嘘くさくなくリアルにするにはどうしたらいいのか、クールで一見、父性がない感じを活かしながらどういうキャラクターにしていくのか、福山さんと一緒に考えました。「もうちょっと目線上から行きましょう」「ここで背中を向けちゃった方がイヤなヤツ感が増すんじゃないですかね」という感じで。もうこんなヤツ見たくないって思われない程度の嫌らしさに留めること大事だったんですが、その辺は福山さんも面白がってましたね。
▷▷確か映画『歩いても歩いても』、ドラマ「ゴーイング マイホーム」の主人公の名前も良多でした。この名前にこだわりが?
高校のバレー部の後輩の名前なんですが、良いことが多いってなんとなく人がいい感じがしませんか? 最初は単純に響きが気に入って使わせてもらったんですが、改めていい名前だなと思って。自分を重ねながら作る作品にはこの名前を使おうと勝手に決めています。本人に「また名前使うよ。今回は福山さん」って話したら「オッケーです!」って喜んでました。(一同爆笑)
▷▷主人公とは対照的なリリーさんが演じる父親のキャラクターは?
高校の4つ上の先輩をモデルにしています。電気屋さんではないんですが電気系は何でも直せて、友達の家族みんなで集まると子供に大人気。本当に尊敬している、かなわない先輩なんですけど、子供がみんな懐いちゃうのって同じ父親としてはショックでね。癪に障るんです(笑)。
▷▷監督にとって理想の父親像のような?
理想ではないけど、主人公とはまったく価値観の違う父親を出したくて。福山さんが“実の子をこんな男に育てられるのはたまらねぇな”と思うような相手。でも話が進んでいくと実は自分よりも父親としては上で、その軽蔑が段々嫉妬に変わっていく感じをやりたかったんです。
▷▷対照的な2つの家族は日本の縮図でもある気がしました。
僕の側にはそういう意図はありませんでした。主人公を中心に、どんな家族なら子供を2人とも引き取ろうと思えるかっていう結構イジワルな目線で作ったので。でもカンヌの記者会見で最初に出た質問はそれに近かったですね。「2つの階級に対する政治的なメッセージがあるか」と。ヨーロッパでは政治的な読み取りをされがちなので。ただ翌日からの取材では「実は自分も養子を育ててる」とか「血のつながってない父親に育てられてる」という方がビックリするぐらい多くて。日本と違って養子制度が定着していることを改めて感じました。授賞式の後にニコール・キッドマンさんにご挨拶に行ったら、「私も(養子を)育てているから、気持ちがすごくよくわかった」って言ってました。欧米の方はより「血」なのか「時間」なのかということが日常的な問いになっていて映画との距離が近い。気付くと映画の中で家族と一緒に「あー、違う!バカ!」と思いながら観ていたという人が多かったです。
▷▷カンヌではスタンディングオベーションが10分間続いたとか。
スタンディングオベーションは必ず起きるんですよ(笑)。僕はイヤになるぐらい日本人的で、いつまでもその場に残っているとカッコ悪いから、拍手の量が落ちてくるタイミングを見極めて帰ることを考えちゃうんですけど、今回は(拍手が)なかなか落ちなくて。そろそろかなと帰ろうとしたら、ディレクターが「絶対にまだ続くからもうちょっといろ」ってものすごく嬉しそうに言ってくれて。みなさん間近で拍手されているので、泣いてることやお義理でやってることがよくわかるんです。だから辛いときもあるんですけどね(笑)。今回は本当に気に入ってくれたんだってことが8分過ぎたぐらいでわかりました。
立派な父になりましたとは言えない。ずっと探り続けないと
▷▷撮影監督の瀧本幹也さんとは初めてですよね?
今回は福山さんをどう撮るかがすごく大事でしたし、クールな絵作りをしたいと思っていたので、男の人を色っぽく撮れて、高層マンションのような都会的で無機質なものや車の走りも含めてちゃんと映画の絵に撮れるカメラマンを捜していました。そんな時に深津絵里さんとリリーさんが夫婦をやっている「ダイワハウス」のCMを見て、このカメラマンは絶対に映画をやっているか、映画をやるつもりがあるなと感じたんです。調べたら瀧本さんで。瀧本さんには『空気人形』の時にスチールで入っていただいていて、1枚1枚の絵の強さは認識していたつもりですが、CMの1分間の構築の仕方も素晴らしいなと。翌日に連絡したら「やります」ってことで。本当に素晴らしかったと思います。
▷▷監督は子供の撮り方も上手いですが、子供の演出のポイントは?
いつもですが、彼らの中から言葉が出てきているように、相手が大人だろうと子供だろうとちゃんと会話になることを目指しています。(演出の)方法ははっきり固まっているワケじゃないです。ただ台本は渡さず、現場で口立てでやるという前提で、オーディションの段階から「パパがこう言うから、こう言ってごらん」っていうやり方に馴染みそうな子を残していく。『奇跡』の子供たちぐらいだと、僕が言ったことを普段自分が使っている言葉に置き換えることが可能なんですが、今回のように5、6歳だとそうはいかないから渡し方は難しかったです。
▷▷ではどんな風に?
(野々宮慶多役の)慶多はすごく従順で素直なタイプの子。親のいうこともよく聞くし、そのまんまなので、ある程度は渡して「パパがこう言うからこう言ってね」「ママこうするよ」っていうことを現場でやっていきました。ただマジメなので、セリフを言った後に「ちゃんと言えたかな?」って感じで僕のことを見る(笑)。だから目線の先になるべくいないようにして、リハーサルの段階から(父親役の)福山さんがやってくれました。逆に琉晴役の子(黄升/ファンショウゲン)はオーディションの時からまったくコミュニケーションが成立せず、「オーマイガッ」と「なんで?」しか言わなかった(笑)。でも他の子がみんないい子の顔をしていい目をしている中で、1人だけちょっと昔のショーケン(萩原健一)のような斜に構えたところがあって(笑)。この子だなと。スタッフはみんな「危険だ」って言ったんですけど、「オーマイガッ」も「なんで?」もセリフに活かしてやってみたら、よかったですね。リリーさんもすごく上手にこの子を転がしてくれたと思います。
▷▷リリーさんは子供の扱いが上手なんですか?
すごいですよ。僕には画面の中にいるもうひとりの演出家という認識。「ここはこんな感じで」ってお願いすると「わかりました」って、僕が撮りたいと思っている子供が楽しく遊んでる感じを引き出してくれる。しかもこっからだなって、ちゃんと編集点がわかってやっているんです。その感覚はYOUさんと似てますね。
▷▷この映画を撮り終えた今、「そして父になった」という実感はありますか?
いやまだまだです。立派な父になりましたなんてなかなか言えない。ずっと探り続けないといけないんじゃないですかね。

★『そして父になる』9/28(土)→ミッドランドスクエアシネマほか ※9/24(火)~27(金)先行公開
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