インタビュー&レポート
インタビュー&レポート
木村大作監督『春を背負って』を大いに語る!!
3000メートルの世界では自然が演出をしてくれる
▷▷再び映画を撮ろうと思われた理由は?
「『劔岳 点の記』を撮った時はなんでこういう映画が最近、日本映画にないんだろうと思ったんです。それで測量隊の話しなんてできないと思ってやり始めたら、実現して結果が出て、もうこれさえ作れば俺の役目は終わったと思った。ただ終わっちゃったら、これから先どうしていこうかと自分の生活のことを考えますよ。映画の世界は大好きだし、やっぱりやりたい。でもこういう強面のキャメラマンを若い監督は使わないし、先輩の監督は亡くなってしまったり、仕事がなくてなかなか難しい状況になって。映画のために俺は死んでもいいなんてやってたけど、撮るものがなくなったらどうしようもない。日本の映画界に残るためには自分で作ればいいんじゃないかと。そしてこの映画ができたってことです」
▷▷再び山を目指したのは?
「山の企画は単純に誰も持っていかない。監督、シナリオ、撮影も含めて自分でやるならほかの映画人が行かない、行けない過酷な大自然相手の企画の方が通りやすいんです。僕は『八甲田山』から始まって『駅 stasihon』、『海峡』、『鉄道員(ぽっぽや)』と、大自然相手のキャメラマンとして名を馳せて。風景を撮るのは上手いけど、人物を撮るのは下手だって言う奴もいるぐらい(笑)、大自然との関わり合いが長かった。この映画では“人は自分の居場所を探す旅に出てる”というようなことを言ってるけど、それと同じだね。そうは言っても、過酷な山を登っている途中に嫌になる時もある。でもどんなに過酷でしんどい思いをしても3000メートルまで行けば、都会の垢を全部捨てられて、モヤモヤしていたものもスカッとする。やっぱり人間も自然の一部だから、そういう気分になるんでしょうね」
▷▷山が舞台でも前作とは違う映画になっていましたね。
「前作の『劔岳』はストイックな人間の話しで、木村大作はそっちだと言う人が多いけど、付き合いが長くてよく知っていると、本来は『春を背負って』だと言ってくれる人もいる。あまり人には言わないけど、優しい行いもやってるんですよ。頭にワーッと怒鳴って後でフォローする人生です(笑)。この映画を観た方は優しい、あったかい、爽やかって言ってくれるんだけど、自分の狙いとピッタリ一致していて嬉しいよね。大自然の中の豆粒みたいな人間を撮っていたのが前作なら、今回は人間の向こうに大自然があるという考え方。自分の居場所を探す話であり、人生でみんな何かを背負っているということを描こうとしているワケだから。バックに大自然があるけど、人間ドラマを撮っているのが大きな違い。3000メートルは下界とは空気感がまったく違うんです。僕らは天上界と言ってるんだけど、そこで撮ることで確実に何かを出してくれる。僕が演出をしなくても自然が演出してくれるんですよ」
▷▷いい風景を捉えるのは大変では?
「いい景色を撮れるチャンスは1日に1回か2回。さらにそこに俳優がいないといけないから難しい。ましてやスケジュールが詰まっている俳優さんたちに、四季を通じて長く(スケジュールを)空けてもらうんだから、僕は評判悪いよね(笑)。でも自然を撮る時の鉄則は待つことだから。小林薫さんも木村組をやるということは、我慢に尽きると言ってました。待たされるし、落ちたら死にそうなところへ立たされるし、そういうことに抵抗があるならできないと。もう悟りの境地だな(笑)」
▷▷「我慢」という言葉は映画でも使われていましたよね?
「子供と一緒に雪山を登った小林さんが、山小屋に辿り着いて“よく我慢したな”というセリフ。最初は“よく頑張ったな”でしたが、小林さんの言葉が気に入って変えたんです。雪山を登っている子供に“普通に歩けばいいんだ”って言い聞かせるセリフも実際にガイドさんが言った言葉。世の中のエライ人は“一歩一歩前に進んでゴールに辿り着くんだ”言うけど、“ゴールなんかねぇよ”っていうのが僕の思想。1億2千800万人のうち、本田圭祐のように子供時代の夢を果たせるのは10人もいないだろうから、その言葉は違うと思う。“負けないように一歩一歩”というのが精一杯。勝とうと思わない。負けないように普通に歩けばいいんだよ」
▷▷実感から生まれた言葉がセリフになっているんですね。
「僕が体験したことや、よく言ってることが多いんです。“徒労っていうのは無駄な骨折り。でもそこを踏まえないと先の人生なんかない”“自分の歩いた距離だけが宝になる”っていうセリフも僕がしょっちゅうスタッフに言ってること。徒労と思うなっていっても難しいけど、そこを一生懸命やった時に何か違う展望が開けるはずだから」
▷▷脚本は現場でどんどん変わるんでしょうか?
「昔から映画でいちばん大切なのは脚本だと言われていて、その通りだと思う。いい脚本からしかいい映画は出ない。でも駒井の狭い自宅で書いた脚本では大自然は撮れませんよ。実際に山に行けば新しいアイデアが浮かぶし、俳優さんの雰囲気を見ているとセリフが出てくる。俳優さんも3000メートルまで上がって、監督が自分の素を全面に出していいって言ってるんだから、あんまり芝居のことは考えないでやってみようって気になってくれますね」
芝居の上手い下手じゃなく人間として俳優を見ている
▷▷主人公・長嶺亨に松山ケンイチさんをキャスティングした理由は?
「実は『劔岳』の後に新田次郎の『孤高の人』の映画化の準備をしていたんです。槍ヶ岳の北側で男2人が死んじゃう話で、夏にロケハンをしたんだけど、もし真冬にやったら俺を含めて誰かが死ぬかもしれないと感じて、思い切ってヤメよう!と。でも松山さんはその作品をやると言ってくれていたから、今回も松山さんで行こうと。彼は日本人のいい男の顔をしていて、真っ直ぐ生きている感じがする好青年。だから役にピッタリだと思ったんですよ。松山さんは今回、台本をほとんど読まず、現場に行ってその時の気分でやったと。そして出来上がった映画を観て、“深刻に考えないと自分もいい芝居するなあ”と、自分で自分に感心しているとインタビューで話していました。豊川悦司さんもそう。過去の映画ではもっと固い感じだけど、今回は柔らかいよね。実は豊川さんが演じた吾朗(のキャラクター)は僕なんです。セリフはほとんど僕が発信しているモノだし、あの雰囲気もそう。豊川さんに“俺がこの役をやりたいんだよ”って言ったら大笑いしてたけどね(笑)」
▷▷ヒロインの蒼井優さんも魅力的でした。
「あんなに大口開けて笑える女優さんは、昔もこれから先もいない。すべてさらけ出してる感じがする女優さんだから、ぜひやりたいと思って。僕は日本アカデミー賞を受賞したり、プレゼンターだったりで毎年、授賞式会場にいるんだけど、一堂に会した俳優さんたちを見ていると、輝いてる人やもう終りかなっていう人と(笑)、オーラを感じるんです。芝居の上手い下手じゃなく、人間として見てるというのかな。蒼井優ちゃんはある時にウワーッと思った。安藤サクラさんも壇上で挨拶する姿を見ていいなあと。それで“安藤さん僕を認識してる?”って聞いたら“知ってます”と。そこで“俺、映画やるんだけどやるかい?”って言ったら“やります!”って返事してくれて。ほとんどセリフがないのに出てもらったんです」
▷▷蒼井さんは髪を切っていましたね。
「この映画のために切ったのかはわからないけど、山の上では(山小屋の)従業員の女の子でも普通にシャワーは浴びれないから、髪が短いのはものすごいリアリティですよね」
▷▷シャンプーをするシーンはとても印象的でした。
「『劔岳』の時に“なんか汚い感じがした”って感想を述べた一般の人がいて。女性には一種独特な映画の見方があって、山でもお風呂はあるのか、洗濯はしているのかって清潔感みたいなものを求めるんですよね。それでずいぶん悩んで、水がなくても泡立つシャンプーを探したんです。スカートのシーンを出したのは、女の人の活発さや健康的な色気、ボーイッシュな感じが出せると思って。現実的にはパンツだけど、ヨーロッパなんかでは山でスカートを履いている人がいますからね」
▷▷キャストの方は山の経験はあったんですか?
「誰も山なんかやってませんよ。でも蒼井さんは小さい頃からバレエをやっていたから体がものすごく柔らかくて、(山を)降りる時なんか軽々と飛んでいった。松山さんは青森育ちで雪には慣れてましたよ。雪を歩く姿で強い弱いがわかるけど、こいつは強いなと思ったら案の定強かったね」
▷▷監督も少し出演されてますよね?
「山小屋で女性たちが秘密の場所に連れて行って欲しいと話しているシーンで、ニヤニヤしながら座ってるジジイだよ(笑)。3000メートルにはエキストラはなかなか呼べませんから、スタッフが色んなところに出ているんです」
フィルムで撮ったからこその良さは映画に出ていると思う
▷▷映像にもこだわりを感じました。
「フィルムで撮っているからクリアなんです。今は劇場がデジタル上映になっちゃったから、デジタルにしてはいるけど元はフィルム。その良さは絶対に出ているはず。最近は90%以上がデジタルだけど、ハリウッドはまたフィルムに戻りつつあるみたいだし、これから先、もし自分が撮れるなら絶対にフィルムだね。日本でフィルムで撮っているのは、最近では俺と山田洋次さんの『小さいおうち』、それから10月頃、東宝系で封切られる小泉堯史さんの『蜩ノ記』だけ。この3本がめずらしく同時期に東宝スタジオに入っていたんですよ」
▷▷鶴がエベレストを超えるシーンの撮影はどうやって?
「鶴は高い気流に乗って、エベレストを超えてネパールからモンゴルの方へ行く。帰るべき場所を知っている。それは昔から知っていたけど、映画『アース』(07)で初めて映像で見て、ずーっと頭に残っていて。今回は居場所を探す話しだからピッタリだと思ってお借りしたんです。映画の機材を持って、ベースキャンプまで行って実際に撮るのは大変だし、膨大な予算がかかりますから」
▷▷2作目を撮って、改めて監督業の楽しさを感じました?
「キャメラマンは監督を口説かなきゃいけないけど、監督なら誰の制約も受けない。なおかつプロデューサーのいうことはほとんど聞かない人なんで(笑)。ほとんどオールマイティの映画作りになる。そのことで精神的には非常に楽になってます」
▷▷撮りたいように撮れますもんね。
「ただストイックすぎて自分でも嫌になることもあるんですよ。(映画監督の)降旗康男さんは温厚で優しくて怒った姿を見たことがない。自分もこういう風に生きたいと相談したら“水の流れるように生きればいいんだよ”って老子の言葉を言われて。嫌な奴がいると僕は立ち止まって“テメェ!冗談じゃないよ!”ってなるけど、降旗さんは“そういう人もいる。通り過ぎればいい”って生きてる。見習って半年ぐらいやってみたけど全然ダメだね(笑)。結局、今まで通りでいいやって。何か問題があれば正対して、仲違いしたり、何年後かに仲良くなったり。そうやってストレートに表現することが自分にはあってる。だから映画界に生き残れないような揉め事をいっぱい起こして。監督の言うことを聞かないキャメラマンで通っちゃってる。でもわかってくれる人もいますから。例えば『北のカナリア』は吉永小百合さんが俺に撮って欲しいってことだったんだけど、(監督の)阪本順治さんは色々なウワサを聞いていて冗談じゃないと。でも実際に会って話してみて“やろう!”と実現したんです。あの人は俺より19歳も若いのによく決心してくれたと思うよ。撮影が終わった後も“木村大作の風評被害をなくす会”の会長をやるって言い出して、“木村大作さんはそんな人間じゃない”とか、“あの人をキャメラマンにしたらものすごく得する”とか、同世代の監督に言ってくれたりしている。本当に尊敬しますね」
TEXT=尾鍋栄里子
『春を背負って』
6/14(土)→ピカデリーほか
2014年2月27日木曜日